in my life

備忘録、旅行記、とりとめのないこと

【2、3日目】世界三大仏教遺跡の一角、バガンへ

 

朝を迎えて身支度を整えると、バガン国際空港に向かうため、国際線のあるターミナル1から国内線専用のターミナル3に移動しなければならない。歩き方やGoogleMapによると(ヤンゴン空港はWiFiが30分限定で使える)徒歩15分以内くらい。歩くかぁ〜タクシー使ってもいいなぁ〜タクシーいるかなぁ〜とターミナル外へ出ると発見したのが、シャトルバスの案内。

ターミナル間を無料で移動できるけど、AM5:30-PM9:00の間に15〜20分おきで運行するらしい。手元を見ると午前5時前…少し早かったと待っていると、3分ほどで後ろからハイエースが来たではないか!!!!

ハイエースに揺られ3分ほどでターミナル3に到着。これなら歩きで15分もかからんやん。

ありがとうございました、シャトルバスさん。

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バガンへはゴールデンミャンマー航空(golden myammar airline)を利用。

この航空会社、事前に調べるとリコンファームが必須と書いてあるブログを発見。いけるっしょと何もせず行くと、普段通りチェックイン完了。手書きの簡易な航空券をもらっていざボーディング。

初めてのプロペラ機。コードシェア便のようですね

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1時間半ほどでバガンに着くとアライバル(と言っても簡単なドア1枚)を出た先で入域料として25000チャットを支払う。ちょっと高い。

空港からホテルのあるオールドバガンへタクシーで移動。7000チャットで、定額と言われたが果たして本当なのか。。。

 

20分ほど乗車してホテルに着。

野生のリスがいました🐿

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またタクシーを捕まえて2つの寺院とホテルまでの移動で交渉、10000チャット。。。

 

 

 改装中?のシュエズィーゴン・パゴダ…

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金箔を仏像に貼って祈れ、1000チャットだから。という若い女の物売りに注意。あまりにしつこいから1000チャットならいいかとついて行くと、くらい洞穴のような中にある仏像に案内され、「my father my mother my brother my sister & baby…」と何度も何度も強引に金箔を貼られて5000チャット近く要求される。

3人の女がそれぞれ5000を求め、1人に渡して退散。なんなんだあいつら。これまでこういうの引っ掛かったことなかったのに!!

 

シュエズィーゴン・パゴダを出ると、次はティーローミンロー・パゴダ。

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 こっちの仏像ってキンキラキン。ネオンもあって厳粛な雰囲気は皆無なんだよね…

バガン世界遺産に認定されないのも、原型とは異なる修復や装飾がされてあるからと聞いたことがあります…

 

いったんホテルに戻っても暇で、ホテルで電動バイクを借りてバガン散策。右側通行だから違和感がすごい…対向車を避けようとぶつかりに行ってしまいクラクションめちゃ鳴らされる…

 

 ぶっちゃけパゴダが全部同じに見えて飽きてきたこともあり、行くところがないので、バガン考古学博物館に。

 

この仏像

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「あ、おかん、ちょっとそこのリモコン取ってや」というおとんにしか見えません。

 

立派な壁画もありましたよ

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このあとホテルに17時ごろに戻ったのはいいものの、なんと2人して爆睡…

起きたら翌朝5時…寝すぎ…。バガンのサンセットすら見てない…。このまま帰るのは嫌だ…!!

また電動バイクを借りて急遽、早朝のバガンを疾走!!5分ほど走らせてバガンサンライズを見にシュエサンドー・パヤへ!!

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頑張って来てよかった…😭

 

 

土産屋の営業を振り払ってホテルへとんぼ返り、手配を頼んでいた、前日空港からホテルまで送ってくれた運転手と合流し、空港へ

 

着くと、運転手が「これからどこへ行くんだ?」と。マンダレーと答えると、「俺のおじさんがマンダレーでタクシーやってる。乗らないか?」。

マンダレー空港からサガイン、アマラプラ、マンダレー市内を巡ると伝えると「ok,ok、名前を教えろ。おじさんが出口でボード持って迎えるから」。ほんとかなぁ〜〜〜

 

 

さてバガンからマンダレーまでは再びgolden myammar airlineを利用。リコンファームせずに行きましたが何の問題もありませんでした。

 

またプロペラ機

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40分ほどで、あっという間にマンダレーに着いた。アライバルを出ると、、、、

いました!名前をボードに書いてまっているアロハシャツのおっさんが!!!

本当にいるとは……空港内のパン屋さんで惣菜パンと水を買って車へ。6万チャットを要求されるが、高いよね。、5万5千チャットに値引きさせたけど、まだ高い気がする。9時から15時までタクシーチャーターして周ったけど、それでもやっぱり高い気がする。

 

今日のお供は、

どう見ても日産の社用車くん

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マンダレー空港からサガインヒルを目指します。途中、ヤンゴン-マンダレーを結ぶハイウェイにも乗り、40分ほどでサガインヒルに到着!

 

 

ここには戦病死した日本兵の慰霊碑があります。実は私の曽祖父は、第二次大戦のインパール作戦に参加し、ミャンマーのサガイン州のジャングルの中の村でその後行方不明となっております。昔から行きたかった場所でした。

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残念ながら曽祖父の名前はありませんでしたが、慰霊碑の前で家族の分までお祈りをしてきて、来た甲斐がありました。

 

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アマラプラへ移動

 

マハーガンダヨン僧院

ミャンマー最大級の僧侶の学校)

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ウーペイン橋(なんと1848年築)

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を見てまわり

マンダレーに向け北進!

本当に余裕のない旅行だ。。。

 

マンダレーヒルに登り 

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シュエナンドー寺院

ここは入場料が1万チャットもしたのが一番記憶に残ってる。

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木で出来た寺院で、昔は金箔が施されていたことが伺えます

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ホテルに着き、ここでおじさん運転手とお別れ。

マンダレーは京都のような碁盤の目の都市で、タクシーで行き先を伝える時は「◯th street crossing ◯th street」と伝えます。非常にシンプルで分かりやすい。

 

小休憩した後、タイマッサージ

andaman foot spa というところへ。ここすごく気持ちよかった。

あとはダイヤモンド・プラザというモールと、その近くのナイトマーケットに。

ナイトマーケットは衣類とかパチモンの時計や宝石、AVとか売ってるバンコクのようなのを想像しましたが全然違った。ただただ食べ物の屋台が並んでるだけ。f:id:sozororki:20170917220537j:image

たこ焼きの屋台もありましたよ。

 

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ホテルのちかくにはイギリス統治時代にエリザベス女王即位60周年?60歳を祝って建てられた時計塔。当時は高い建物がなく良い目印だったそうですが、今では地味な存在に。

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モールで買ったビールやツマミを開けてこの日は就寝…。。。

【1日目】初日からヤンゴン国際空港泊

 

 

9月上旬、夏休みの6日間で初めてミャンマーに行ってきた。これで東南アジアは残すところブルネイ東ティモール。いつかは行かなきゃ…

 6日間で、ヤンゴン空港泊→バガン→アマラプラ・サガイン・マンダレーヤンゴンを周遊してきました。備忘録を兼ねて書いていきます。

 

 

今回はキャセイミャンマーへ。

セントレアを出て香港で乗り換え、ヤンゴンへ。

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キャセイハーゲンダッツが付くのがちょっと嬉しい。

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日本を出て6時間近く、着いたぞヤンゴン

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日本で事前に発行したeビザを見せ、すんなりイミグレを抜けるとさっそく両替所へ。アライバルの出口の目の前にあります。「taxi、taxi」「to downtown, 20 thousands!」と声が。おー懐かしい。客引きのおっさんたちを見ると東南アジアに来たことを実感します。てか市内まで20000チャット(2000円)て、高すぎ。※相場は8000チャット前後。

現地時間23時半ごろでしたが、両替所はまだ開いてました。なお、その後3時ごろには閉まっていました。彼女と2人で400米ドルを換金。ちなみに米ドル、ユーロ、シンガポールドル、タイバーツしか交換してない両替所ばかりでしたので、今後利用される方は注意を。やっぱり東南アジアは米ドルかシンガポールドルだな〜。

札束なんて久々に持ったわよ💕

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空港内をうろうろして今日の寝床を探す…KFCの隣のコンビニ正面の、ATMが並ぶ一角にベッド(手すりのないイス)を発見。バックパックの上にバスタオルを敷いて、パーカーをかぶって3時間ほど寝ました。遅くまで開いているコンビニもあったので水を買えるなど、意外に便利なヤンゴン、、思ったより快適に過ごせました。

さて、つぎはバガンに移動…

上海ディズニーランド

前回記事でベトナム編初日しか書いてないことをすっかり忘れてて…その後、ホーチミンからダナンへ、ダナンで2泊して思ったより汚いビーチに入って、火を噴くドラゴン見て、最後またビーチ行ってぎっくり腰になって、マーケットで杖を買って、ソウルに行って、ビビンバ食べて、セントレアに帰りましたとさ。

 

さて、今回は中国・上海。

GWの5/3〜5/5に行ってきやした。

もともと、5/3〜5/7までの5日間でバングラデシュ・ダッカに行きたかった。が、バングラいるより、経由地の中国でいる時間が長いわ、現地では男女別の部屋になるわで彼女が了承せず、仕方なく別のプランを急遽探してもらい、上海に決まったのである。

 

3日12:45 関空発、14:00 上海浦東着の春秋航空

 

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機内から見えた広島

 

空港から出ているリニアで市内へ

なんと速さは430km/h 

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龙阳路という駅で地下鉄に乗り換え。

ちなみに駅名は読めないので、「えびすきゅうろ」と呼んでた

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そして汉中路駅4番出口徒歩30秒のホテル「manju hotel railway station」にチェックイン。汉中路は、これまた読めないので「さちゅうろ」と呼んでた

 

その後、人民広場駅で降りてホコ天の繁華街、南京路歩行街を散策

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外灘(バンド)を目指して歩く歩く

 

途中、晩ごはんに寄り道して

老盛昌蘇州湯包館というところへ

 

やたらしょっぱいチャーハンと、やたら病院食みたいな薄味のワンタンスープと、あまじょっぱい小籠包!!

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で、バンド。恥ずかしながらバンドが旧租界で外国人居留地らしい古い洋風の建物があるとは知らずに、まばゆい上海のネオンを見ただけ…

古さと新しさ、上海の二つの顔をじっくり見比べてもよかったなぁ

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翌日は1日、ディズニーランド

連れの彼女いわく、東京に比べてガラ空き。7人のこびとのトロッコを50分待ちで萎えてた自分に呆れてた

トロッコは、フロリダと上海にしかないアトラクションで、急降下がえぐかったwけどあれは一番楽しい。

ほか、プーさんの蜂蜜カップのやつ、バズライトイヤー、不思議の国のアリス迷路、アナ雪ミュージカル、などなど。1日中いて、本気で疲れ果てた…7人のこびとは「はいほー♪」の歌が面白くて耳に残って、残りのGWで実家帰った時にアニメ見たほど

 イースターのミッキーミニーかわいかった。欲しい。 

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翌日、帰国の日。

ホテルの正面玄関向かいで、通勤通学前の上海人で行列ができてる朝の屋台発見。

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えびすきゅうろへ向かう地下鉄の中で上海ハニー発見。

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浦東空港。青い天井から白いポールが大量に突き出ているイメージしかない空港。

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帰りはまた春秋航空

12:30発、16:00関空着。

彼女放置して免税店物色してたら、けっこうギリギリな時間になってて、離陸10分前とかに搭乗口にダッシュで到着になって、かなり心配された。すんません。

 

余った中国元で機内食とオレンジジュース購入。CAが勘違いで隣の客にオレンジジュース渡して、俺たちに一向にオレンジジュース来なくて、春秋航空クオリティを実感したよね…

 

ビーフカレーもどき?とごはん

彼女は口に合わんからいらんって言うけど、普通にうまいからなこれ。40元(680円くらい)だったはず。

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 で、関空到着。はるかに乗って、新大阪まで。前の席に座っていた韓国人の3歳の女の子をあやしてた。国は違っても小さい子はどこでもかわいいもんだ。

 

新大阪で彼女と解散、新幹線で実家へ帰り、弾丸2泊3日の上海旅行おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ベトナムの旅】ホーチミン編

まとまった休みが取れたので、

9/22〜9/27の6日間でベトナムに行ってきました。

 去年の2015年でベトナム戦争終結から40年。その頃から関心あって、ずっと行ってみたかったベトナムへ。14カ国目の国です。

 

22日22:50名古屋セントレア発のジェットスターで経由地の台湾へ

翌朝6:50発の便まで空港泊。

ターミナル1の、地下1階にあるフードコートで寝ました。コンセントもあって寝心地はまずまず。

 

早朝5時ごろ。早い時間からチェックインカウンターのあたりは人でいっぱい

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青白い不思議な自販機

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ベトナムLCCベトジェットエアホーチミンへ向かいます。

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アライバル付近の様子。雰囲気はなんとなくプノンペン国際空港に似てる?

THE・東南アジアの空港といったところか。

たばこを吸ってるとおっちゃんたちが歩み寄ってきて、

うぇあゆーごー?たきしー?もーたばい?と営業かけられまくる。

ごめんね、5000ドン(約25円)で市内まで行けるローカルバスに乗るの。

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ホーチミン市内中心部のベンタナンのバスターミナルまで152番バスで向かう。

大きい荷物を持っていたらさらに5000ドンがプラスされると聞いていたが、取られず。

ちなみに、この黄色い109番バスでも行けるみたいです。ただし運賃は4倍の2万ドン(100円)。帰りはこいつを使いました。

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152番バスの車内から。おうおう、バイクいっぱいおるのう。

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30分ほどでバスターミナルに到着。歩いて5分くらいの予約しておいたホテルへ向かう。途中道に迷って30分かかる。

この日の宿は統一会堂近くのランランホテル1。2人で泊まって3000円少しで、清掃の行き届いた綺麗なホテルでした。学生時代は安宿ばかり泊まってたから朝食のバイキングがうれしかった。

 

徒歩で近くのベトナム戦争証跡博物館へ

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ホルマリン漬けの結合した双子の異常児や、報道写真、戦争に使用された銃器などが展示されています。沢田教一石川文洋の写真もあり、外には米軍の飛行機や戦車、ヘリも。

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帰りは博物館の前の道をずっと西に行くとあるフォーの名店「pho le (フォー・レ)」に

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うまい。

 

食後はベトナムのおやつ、「チェー」。

近くの店「ソイ・チェー・ブイティスアン」

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正直、好みではなかった。

ちなみに出されるおしぼりは封を開けると金が発生します。

 

店を出て西にあるスーパー、コープマートへ

ベトナムの買い物かごはこうして取っ手が付いていて、ひいて歩き回れる。

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 現地ビール、サイゴンスペシャルうまい!

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夜は19時頃からベンタナンマーケットの周囲がナイトマーケットになります。120000ドン(約500円)のTシャツをお買い上げ。

ちょっと高い気も?

 

翌日に続く。

 

 

 

行くぜ、東北。

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2012年11月23〜25日に東京、福島、仙台を訪れたときの話。

 

東京駅に降り立つ。

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近くの日比谷公園

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当時、高校生のときからandymoriというバンドが大好きで、彼らが日比谷の野音に出たこともあり、ボーカルの小山田壮平日比谷公園がお気に入りということもあり、行きたかったところのひとつ。

 

散策後、靖国神社

この日は11/23、勤労感謝の日であり新嘗祭の日。古代、天皇が農作物の収穫を神様に感謝した日ですね(たぶん)

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その後は常磐線で一路、福島へ

茨城県を超えて福島県に入ったあたりから車内の人も東北弁が増えつつ

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いわき駅で腹ごしらえ。

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当時は東北限定の黒ラベルを売っていた

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いわき駅から広野駅まで電車、

広野駅からは徒歩で福島第一原発を目指す

国道6号、通称陸前浜街道を北へ北へ。

 

当時は高い放射線量のせいで原発から半径20kmの範囲は警戒区域に指定され入れませんでした。通行止めを示す看板。

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10kmまで来ました。

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だんだん暗くなってきます。あたりは無人なわけで電気なんて信号と警察の赤灯しかない状況

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この日の午前中には東京にいたのにえらい遠くまで来たもんだ 

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 本当に真っ暗。

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建物はこのありさま。

ここで少し前まで人が行き交っていたなんて思えない、ひどいありさま。

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野良牛がいるみたいで、行き交う車に注意を促す看板。

車なんて、ほとんど原発関係車両と全国から来た都道府県警の警察車両なんだけどね。

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この道中、広野駅から原発20km圏内のところまで往復4時間くらい歩いてたけど、警察の職質を食らう食らう。当時は住民が避難して空き家になった家々を狙う空き巣が多発してたからそりゃ怪しまれるけど、どう見ても青年やろうと。

 

 

見えてきました、20km圏内の境目。

ブレブレですんません。

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当時は静岡県警機動隊が警備しておりました。ここの放射線量が当時住んでた京都の100倍で、まぁビビりましたよね。

でも、ここ福島県双葉郡楢葉町で胸いっぱい深呼吸しても、京都市上京区で同じことをしても、体感的には何にも変わんない。でも、知らず知らずのうちに放射能は身体に入ってくる。

目に見えないものってやっぱり怖い。

 

帰り道。やっぱりこういうのやるのは共産党だよね。

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いわきに戻り、就寝。

たぶんネカフェだったはず

 

翌日はさらに北上して宮城県名取市仙台市へ向かう

 

名取駅で降り、近くでチャリンコを借りて(タダだった!)海の方を目指す。

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名取市の海に近い閖上地区は津波で大変な犠牲が出たところ

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震災前はこうだったのに、流されてしまった

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海に近づけば近づくほど何もない

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上の画像中央の寺院では、骨も流されたようだ

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お墓が全部流されたから

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こんなところに貝殻が来てる

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川べりは津波でえぐりとられている

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日和山という閖上を一望できる小高い丘から

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ここにあった家は流されて、住んでいた人は死んだか、今も行方不明なんだろう

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津波が押し寄せてくる動画で有名な閖上中学校へ

YouTubeにもある動画ではこの画像の左側から津波が押し寄せ、右の民家を呑み、中学にも押し寄せてきた。

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閖上中学校

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ここでは14人の中学生が犠牲に

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津波が押し寄せた民家は一階部分がぐちゃぐちゃに

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近くの閖上小学校

指定避難所とあるが、このありさま

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やっぱり話に聞いてても現場で自分の目で見ると違う。本当になんもなかったもん。

 

 

仙台駅

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以降、仙台に来ると食べてしまうことになるこいつ

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帰りは夜行バス。

12時間くらい乗ったんちゃうかな?

貧乏学生はつらいね。

 

これが初めての東北。

日本人として、東北のこと、震災のことをずっと頭の片隅でもいいから意識し続けるようになった旅でした

 

 

弾丸・ソウルの旅

2014年3月にソウルを訪れた時の話。

 

 

3月17〜20日の4日間で韓国・ソウルの旅。

夕方に関空を発ち、夜にインチョン着。

 

イミグレを抜けてすぐ腹ごしらえ。

空港内のマクド

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ジュースの量が多かった。

 

空港鉄道に乗り、ソウル市内へ

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車内の女の子がまさしく韓国人という感じで韓国に来たなと実感。

 

1時間ほどでソウル駅に到着。

さすがソウル、都会です。

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地下鉄に乗り換え、東大門駅へ

予約しておいたゲストハウスへ向かう。

ソウルの宿は、

dongdaemun well-being hostel 。

 

地下鉄からすぐで、近くにセブンありとなかなかの立地。

今回はシングルを予約。

2泊で50000ウォン(5000円)ほど。

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女性オーナーのgraceさん、タダで手料理を作ってくれる、いい人だった。

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全部辛かった。

 

夜に近くのマーケットを散策。

 なかなかの人出。

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翌18日は、板門店

事前に申し込んでいたパックツアーで、戦争記念館やプルコギ屋を経由してバスで北緯38度線板門店へ北進。

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朝鮮戦争休戦の調印?

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竹島の領有権を主張

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韓国軍兵士の姿も。パレードの練習をしていた。

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お昼のプルコギ。んまい。

 

食後は、いざ板門店へ。

国連施設内に入ると、

何やら死傷しても責任は負いませんという文言が盛り込まれた誓約書にサインする。

板門店の歴史についてのレクチャーを受け、

いよいよ潜入。

 

来ました、板門店

国境の向こうは北朝鮮

あちら側の建物には北朝鮮軍人の姿。

初めて見る北朝鮮人に興味津々。

時折、双眼鏡でこちら側を伺っています。

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画像の青い建物に入ると、会談の場が

 

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コンクリートを境に右が韓国側、左が北朝鮮

 

韓国軍兵士の他に米軍兵士の姿も。

板門店を出ると快く撮影に応じてくれます。

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朝鮮戦争はあくまで休戦状態。

この21世紀の今でも戦争中というわけで、現場には緊張感が漂っていました。

 

ソウルに戻ると、平和な日常。

それでも地下鉄などではガスマスクが置いてあり、戦争中ということを感じさせられます。

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 ソウル市内のマクドで勉強中の女の子

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地下鉄には有事への備えが。

 

翌19日は宿を出て、ソウル市内観光。

朝イチで美白エステ(1時間100000ウォンくらいした)に行くも肌の色は変わらず。

繁華街・明洞をふらつき、実弾で銃が撃てる射撃場へ。

日本の警察が使うニューナンブM60とアメリカ陸軍のベレッタ92Fを使用。

いやぁ反動がすごい。映画なんかだと片手で撃ってたりするけどあんなん無理や。両手で持って脇締めて撃たないと的に当たんない。

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ニューナンブM60

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ベレッタ92F

 

さて、この日は宿がないのでオールナイトのクラブに行くことにしていた。

が、行ってみると本日休業の張り紙。なんてこった、空港泊に切り替えだと思って地下鉄に行くと…

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 なんと空港行きの終電が出たあと。

やばい。

急いで駅職員に話をして、別の路線ならまだ空港行きの電車があることを教えてもらい、急いで向かう。

無事に乗車でき、空港に着きました。

 

インチョン空港では毎度おなじみ空港泊。

コンセント付きの立派な寝床を発見。

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 一夜を明かして、さぁ日本へ。

今回もピーチで帰国。お世話になります。

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韓国は近くていいですね。

それでいてショッピングはもちろん、板門店や射撃など日本では到底味わうことのできない時間を過ごせる。

また行こう、韓国。

 

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弾丸・台北の旅

話は2013年3月にさかのぼります。

 

3月7日~10日の4日間の弾丸・台北旅行。

はじめての一人旅で、まだ当時18歳の僕にとって、

一人で見る風景・呼う空気は新鮮で気持ちいいものでした。

 

3月7日

関空KIX)からピーチで台湾桃園国際空港(TPE)へ。

15:45発、18:00着。

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桃園空港へ着くと、台北市内へ向かうために空港内のバスチケットカウンターへ。

窓口のおばちゃんが僕を見るなり日本語で話してきた。いきなり面食らう。

バスに揺られること、小一時間、台北市内に到着。

MRT忠孝復興駅で下車します。駅から出るとそごうデパートが堂々とそびえ立つ。

 

まずは予約しておいたゲストハウスへ。

薄暗い中、一人で初めて歩く知らない土地は少し心細かった。

 

泊まったのは台北ゲストハウス101。

忠孝復興駅から徒歩1分と立地抜群、オーナーは日本人で言葉に困らない。

 

この日はゲストハウス周辺をぶらついて、タピオカジュースの店「coco tea」でテイクアウト。美味。

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ファミマは「全家」になってました。

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8日は早朝から国立国父紀念館へ。

噂通りやってました、太極拳


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見学したあとはMRT忠孝復興駅に向かい、九份へ。

そごう側のバス停から金瓜石行きのバスに乗り込みます。

 

バスの中で隣に座った台湾人のおばさんから日本語で話しかけられ、小話。

なんでもホテルを経営しているらしいが、よく日本語がここまで話せるものだ。

 

九份は、「千と千尋の神隠し」のモデルになったと言われる町。

猫がたくさんいます。

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両側に店がひしめく狭い路地を抜け歩き回る。

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公衆トイレにペーパーはなく、持参したペーパーが役に立ちました。

あと、屋外でもWifiが使えて、日本とLINEできたのは便利。

お土産を物色してると「阪急バスツアー」ののぼりに付き従うおばちゃん軍団を発見。

聞こえてくる関西弁を耳にしながら、ここは本当に外国なのか…と少し引く。

 

店にはお土産で有名なパイナップルケーキがたくさん。

かき氷やフランクフルト(甘い)などのつまめるものもたくさん。

 

九份を後にし、台北に戻ると晩ご飯。どこかの夜市で、うどんらしきものを食べる。

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はしごして、別の店へ行くとテレビで野球。なんとWBC日本vs台湾の試合だ。

周囲を台湾人に囲まれる中、一人で日本を応援。

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日本が勝って、気まずい空気の中店を後にした記憶が…。

 

9日は台北市内を観光。

龍山寺でものすごい線香の煙に包まれながらお参り。

中正記念堂で儀仗兵を見ようと行ってみると、自由広場のあたりでなにやら人だかりが。

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(中正記念堂)


群集の中にいた同年代とおぼしき女の子2人に何をしているのか聞いてみたところ、なんとこれからデモをするという。台湾国内に原発を造ろうとする馬英九政権(当時)への反原発デモだ。

「参加してみる?」と女の子。軽い気持ちで参加してみた。

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(女の子2人と)


デモ中は女の子2人と後から加わった女の子の友達らと、自分と同じ大学生であること、何が専攻なのか、お互いの国について、そして福島の原発事故などを話し合った。

デモは予想外に長く5時間くらい街を歩き回った。出発地点の自由広場に帰ってくるころにはもう真っ暗に。歩行者天国になった道路で車座にあぐらをくんで地べたに座り込み、台湾麦酒とタバコを手に、語り合う。

うーん、なんだかバックパッカーぽい。と酔いしれる。

結局終電近くまで話し込み、行く予定にしていた士林夜市は見送ることに。


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10日、帰国の日。

やることがとくになくゲストハウスでたばこをぷかぷかさせる。

九州大学から卒業旅行で来たという大学生4人組に「大学一年でひとりでバックパッカーはすごいですよ」と褒められ、調子に乗る。

町に出て、メシを食ったり、タピオカジュースを飲んだり、セブンで真っ黒のたまご(おでん)を見てびっくりしたり、エロ本だと思って買ったただの週刊誌にがっかりしたり、いろいろやった。

 

さあ、空港へ向かう。

おなじみ忠孝復興駅ではまたしてもデモ。今度はフリーチベットのようだが、この国はデモが盛んなのか?民衆のパワー、熱に触れられた気がする。

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ピーチに乗って、いざ関空へ。

無事に着いたものの、終電を逃し、空港泊をすることに。

意外や快適でした。

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振り返ればこれが初めてのバックパッカー旅行でした。